はなむけ


特に文句とか、ないんですよね。

だって、橘さんて、だいたいのこと、なんとなく理不尽じゃないのかなってこととか、それはあまりに個人的すぎませんかってことも、すごく自信たっぷりにこなしてしまって、全然悪びれてないんで。こっちも、ああ、そうなんですねって、思っちゃって。そうなんですって、なにがそうなのかって、まったく、まったくわからないんですけれど。悪いとか、思ってないんだろうなっていうことは、すごくわかりましたよ。

少なくとも、重要なことはもっとほかのところにあって、神尾とか、深司、石田がぼろぼろになった姿を見ても、あえて、ああいう選択をしたって、そういうことですよね。
もし素直に、千歳さんの死角をねらっていたら、結果が変わっていたとか、そんな夢は見ていないんです。そんなことじゃないんです。ただ、橘さんが懸命に、勝利に爪を立ててしがみついてくれたら、ずいぶん違っていたのじゃないかな、と思います。

みんなは、自分たちが戦っているときに応援してくれた橘さんが、千歳さんを負かしてくれることを期待していたんです。正々堂々と、全力をもって挑んでくれることを、当たり前のように信じていたんです。でもそれって、的はずれなことだったんですかね。俺たちは、橘さんが、去年立った舞台に、這い上がりたかった。橘さんがくれたたくさんの尽力に答えたかった。ごくまっとうな、心の動きですよね。あれは、なんだったんでしょう。俺たちになにも告げず、橘さんはいつもどおりコートに向かったような覚えがあります。正直、不動峰というチームとしての勝利は絶望的でした。深司があっさり倒されて。そんな学校に、俺たちが敵うわけないって、それは、思いました。しかも、ふつうじゃないですよね。なんですか、あの、試合続行不能って。その時点で、ああここまでだなって、わかったんですよ。腹におさめてました。そのへんのことは。
でも、やっぱり全力で戦ってほしかった。卑怯と言われても千歳さんの死角をねらってほしかった。だってそういう姿勢が、不動峰のスタイル、みたいなものの一面だったから。奇襲のオーダーからして、そうですよね。そんな道を選んでいても、橘さんは皆に信頼されていた。その精神面でも、テニスの腕前でも。だから、答えてほしかった。

全国に向けての練習を、あのひたむきな日々を積み重ねたうえで、一回でも負けてしまったら道が絶たれてしまう不安って、あったと思うんです。それに向かい合っていたのは、橘さんだけではないんです。もちろん。俺たちのそれぞれが、皆、必死に、橘さんのために、自分のために戦いました。

それを、橘さんは……。

いえ、これ以上はやめましょう。橘さんには橘さんの、事情があったのですから。それは、ついぞ直接聞くことはできなかったけれど。

橘さんが来てくれて本当によかったんです。ほんとうに。橘さんがいなければ、俺たちは今どこでなにをしていたのかわからないです。
俺たちは、人というものをほとんど信じられないまま、中学生活を終えていたかもしれないんです。それを救ってくれたのは橘さんでした。
卒業式が終わったあと、桜の下でお話できる先輩なんていなかったかもしれないです。いたかもしれない。どうでしょうね。どう思いますか。橘さんがいなかったら、俺たちがどうなっていたか。仮定の話をするのは嫌いでしょうか。やめましょうか。
いいです、聞き流してください。橘さんが、一人で床につく夜に、ふと俺がこういったことを思い出して、じっと想像してくれればいいなと思います。なんてね。冗談です。

俺は、二年生として、先輩を送り出すっていういかにも青春の一ページみたいなものって、どうだろうって少し思わなくもなかったんです。でも、存外にいいものですね。桜が散るなか、日は高く、雲はすくない。良い日和です。みんな、泣いたり笑ったりいそがしくて、でも少し寂しい、みたいな空気。いいものですね。良きものですね。ありがとうございます、送り出されてくれて。


俺が橘さんに対して思っていることを、時々聞いてくれようとしていましたね。なんでもない風をよそおって、俺の近くにいるんです。いつのまにか、ほかの奴らがいないときに。そのときの圧力は、怖いぐらいだった。けれど、なんだかんだ、俺はずっと言わないままでしたね。
俺が橘さんを嫌ったところで、橘さんの、なにも、損なうことができないだろうから、言わなかったんです。

でも、今ならなにかしら言う甲斐がありそうですね。そんな顔をしているように見えます。気のせいでしょうか。なんだか、ずいぶん久しぶりに、あなたと正面から向かい合った気がする。
話を聞いてくれてありがとうございました。あなたには笑顔で、言いたかった。

ご卒業、おめでとうございます。
それでは、お元気で。
さよなら。





20130418

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