つまりこれって何なわけ


あれをもたらしたものは努力なのか才能なのか、一発で見極められなかったことを悔いている。無駄なあがきをしたとまではいわないさ。ただ、ひかりと影の落差がおおきすぎて言葉を失った。
ただみなが希望を願ったから。ただみなは信念を持っているように思われたから。自分も、同じものを手にしようと思った。

俺は一度、信念というものをもったことがある。誰にもほめてもらえなかった。かわいそうなやつ。

『内村がここで終わるなんて、うそだろ。あきらめんなよ!』

ああこんなくさい一言を言ってもらえたらどれほどか楽だったろうな。それぐらいのやつに見られたかったよ、ほんと。
森なんてそんなことぜんぜん言わねえんだ。
おまえは俺のなんなんだよ。
いや、うそ。忘れろ。


俺は一人で立てると思っていた。そんな信念も、もっていた。けれどいつしか、あいつの姿を探すようになってしまった。

俺はいつからこんなに弱くなったのだろう。

俺はどうなればいい。強くもなく、優しくもできねえ。ここに居場所があるのか。今日も昨日も一昨日も、森が教室まで俺を呼びに来ている。
ほんと、勘のいいやつってのは困ったもんだよ。


信念、努力、そんな実感のない言葉。全国という、知らない世界を見て、俺は本気でテニスなんてやめてやろうかと思ったね。
信じれば救われたか? 努力は俺たちに報いたか?
知らない世界で俺たちが見せつけられたものはなんだよ。


俺は一度、信念というものを抱いていたことがある。
それは日に日に重くなってしまい、俺に逃げ道を探させた。一人で立っていられなかった。

伊武、神尾。俺は一度、お前らの力で殴ってやりたいよ。なにも変わらないと言うだろうけれど、拳が切れたっていいんだ。潰れたっていい。だから、一発殴らせろ。あの頃の馬鹿な俺をな。夢見んなって伝えてくれ。
ああ、お前たちの、実った努力や、才能を間近で見る日々が、憎らしい。


俺だって、信念って、上等なもんを抱いていたことがあるんだ。
本当だぜ?

部の同期も先輩も、全員、ぶっ潰すつもりだった。

「内村に負けたら、きっと皆驚くな」
「……そうだな」

自分が誰に負けるかしか興味のない伊武は俺のことを応援するとか、逆に宣戦布告しかえすとか、そういう発想すらないらしかった。あまりにも他人事のように語るけど、伊武、おまえも勘定にいれてんだよ、俺は。

全員、ぶっ潰したかった。

そうして俺は信念を取り戻したい。努力は無駄にならないとか、人を、自分を信じることが大切だとか、そんな当たり前のことを知りたい。俺の当たり前をひっくり返したい。

俺は焦りだけが募る。森の声と笑顔が煩わしいほどに。


結局俺はいつもあいつを待っていた。なにも信じていない、パートナーと共に、信じるものを探し続けるコートへ、今日もまた、くりかえし、くりかえし。

道に転がる石の一つが抱く信念にどれほどの価値があるだろう。俺はくさくさした気分でボールを追っていた。伊武のすましきった顔がうぜえ。一発、かましてやろうか。そんな気持ちになりさえする。

俺の信念、相手の弱いところ、人間の弱い、脆い、守れない場所を狙う。
相手の弱いコース、苦手なショット、きっと返されない球を狙う。
どっちだって勝てるんだ。どっちだっていいんだ。

相手が少しビビればもうけものだ。どうせ前評が俺達より悪い学校なんてなかった。俺たちと当たるやつらは、トーナメントを見たとたんに楽でよかったと笑う。
あいつらの顔面に、ボールが吸いこまれていく様子を想像すると、自然と口元が緩くなった。
(俺はテニスにそぐわない気がしてきた。基本的に上品な上等なスポーツだなんて、知らなかったぜ)


俺は弱いから、強くないから、あの試合以来スポットを使わなくなったお前のことなんか。
……腑抜けてんな。
伊武と目があった。気がする。
あいつの顔を潰してやろう。
そして、罪の意識とかで部を辞めてやるんだ!

「4-0、コートチェンジ」


伊武は俺のことを見もしねえ。あまりにもやつが自然に処理したものだから、誰も気づかなかったかもしれねえ。

「内村、予告もなしにそれは、ちょっと」
森の苦い顔。

俺の信念なんて、あいつらにとっては難なく返せるような、その程度のものなのに、俺は言わなきゃならないのか?
勝ちたいって、言わなきゃならないか?
これはそんなに大切なものなのか……勝てないくせに?
一瞬の迷いで、またポイントを取られた。森の励ます声。

頼むから、これ以上俺の懸命を、信念のようなものの残飯をかき集めて食う俺を、惨めにさせないでくれ……。
勝ちたい、強くなりたいと、願っていたあの頃の記憶は、もはや毒だ。

なにも信じなけりゃよかったのかな。なあ、橘さんよ。

かつて俺を支えてくれた信念、希望、信頼、そんなものが全部詰まっているようなラケットを買い換えたかった。けれどそんな金はない。あほみたいな理由で、俺は俺の真剣な過去と決別できない。フレームを選び、ガットのストリングひとつひとつにこだわったあの頃の俺に報いることができない。

死ぬほど強くなりたいと願っていた。
死んでも強くなりたいと思っていた。

でも、ごく小さな、ささやかなもんだったわけだ。
ゴミ箱に捨てて帰ろうか。
あーあ。






20130102

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