神尾 / 神尾 (神伊要素有) / 森
(神尾)
飼い犬と奴隷の友情
深司って犬みたいだよな。
野生じゃない。飼い犬。誰のって? わかるだろ。
無駄吠えはしないでよく唸ってる。人見知り。近づくやつへの警戒心はかなり強い。
そう、番犬には重宝されるやつ。
主人には尻尾をふって、腹をみせて、ついでに足の間のものも丸だしにする。締まりの悪い口元からは熱い息と、よだれが垂れ流し。赤い舌がべろべろしてる。
他人の犬がそうなってるのって、実はかなり気持ち悪い。主人がキスなんかしてたら最悪。
四つ足だぜ、犬なんか。獣だ。
そういえばこないだなんかあの人獣臭かったよな。
……深司、なんで黙ったんだよ、今。
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で、俺はなんだって考えてた。
俺は奴隷ってやつかなって思うんだ。しかも1ダースいくらみたいな感じで売られてたやつ。主人にまとめ買いされたうちの一人が俺。
俺は深司みたいにきれいじゃないし、なんかあいつの変なか細さみたいなのもない。深司のあのなんか放っておくとやばそうな感じって、結構目立つ。自分より明らかにガタイ良いやつにだって怯まないし、間違っても引かない。しかもそれって自分の為じゃなくて、主人のためなんだ。忠犬だろ。
あいつにしたってそれを意識的にしているわけではないはずだから、俺にこう言われるのはひょっとしたらムカつくことなのかもな。でもしょうがないだろ。俺にはそう見えるんだ、あいつの持っているたくさんのものが。
深司は主人(あの人だ)に近づきたい、そばにおいてほしいのだろうけれど俺がそうかと言われたら違う気がする。ただ隔絶されてさえいるのではないかと思えるほどの、テニス、テニスの、あの言いしれない力量の差を埋めようと願っている点では似ている、かもしれない。けれど俺はあの人に追いつきたいわけじゃないぜ。ただ、もっと強くなりたい。あの人はその過程にたっているうちの一人にすぎない。俺にとっては。だって俺はあの人よりも強い(悔しい?けれど)をたくさんみている。だから俺は、そっちを目標にする。
俺はあの人の夢に、というか全国、そう、全国大会という場所に向かって突進していたけれど深司はあの人しか見えていなかった。あの人がみている夢さえみていなかった。ただあの人だけ、あの人だけをみていた。
俺は鞄持ちみたいに上品な使用人じゃない。もっと面倒で汚くて誰もやりたくないようなことだってやらなきゃならない奴隷だ。仲間だって踏みつけた。平気じゃないぜ? 痛かったよ。俺は人間だから。
あの人の夢に身を焦がして、あの人の為に力つきるまで走ることを止められない。けれど奴隷って飼い犬よりは自由なんだ。なんせ人間だからな。人権っていうのはあるのかはしらねえけど、とにかく手足がある。こいつは強い。
俺は二本足で走ってこの手で食べ物をとれる。犬みたいにいつまでも、いつまでも、死ぬまで地を這って主人の陰を探したりはしない。
深司はいつも俺をかわいそうなものをみる目で見たし、その理由のいくつかは俺にだってわかっている。俺は深司みたいに頭が回らない。口だって達者じゃねえ。結構言い負かされる。でもそのへんは、俺にとってはどうでもいい。テニスはどうかしらねえ。足では負けない自信があるけれど、あいつの勘みたいなものが異常にキレてる時は正直きつい。けれど深司、俺はおまえを惨めでちっぽけでどうしようもなく弱っちい生き物だと思ってんだ。ほら、今のその、いかにも俺に噛みつきたそうな、とげとげしい、その目、けだものじみたその目だ。
ああ、うん、知ってる。飼い犬は所有されてる。ある程度の愛情とともに。奴隷は契約だよ。命を懸けて、なにものかと引き替えにされてるんだ。
でも深司、俺は犬のおまえと違って、ナイフでおまえの首を引き裂ける。
良い関係だって思ってるぜ。仲良くしよう。
20111012
(神尾)
死ぬほど走った。一歩踏むごとにもう体力が底をついているのがわかった。なんで俺の脚は動いているんだってぐらい。気力ってやつか。体力がなくても気力があれば走れるんだな。じゃあまだいける。
死ぬほど走った。気力って目に見えないけど減るのかな。気力がなくなると人はどうなる。無気力。それってなにしてんだ。暇なのか。暇なときなにしてんだ。俺は走ってる。気力みたいなものはなくなっちまったらしい。っていうか気力ってなに。脚の回転がたまに乱れる。力不足。無気力。けど俺は走ってる。目が死んでるとか言われた。脚は死んでねえ。別にいいだろ。俺の目とか、誰か見てんの。知らねえよ。
死ぬほど走った。寿命って走るエネルギーに変えられるのかな。魂って脚を動かす力になるのかな。なんでもいいからこの身体、脚を思い通りにさせてくれ。走るんだ、走るんだ、ただそれだけでいい。他はいらねえ。
ああくそ、つらいきつい。走れ、今こそ。
走って部活やって授業は寝て、飯食って授業は寝て部活やって、走って帰って飯食って、走って風呂はいって電話して、寝る。
それぐらいだったんだ。それぐらいだったんだよ。
俺、命かけるっていって。
だから、お前とキスとかしてるとたまにすげえイラつく。
短くて薄くて皮膚の中に埋もれそうな爪が生えた、さらさらと乾いたつま先にある、五本の指それぞれがシーツをひっかいていく。
日に当たらない足首から下は生白く、薄く青い血管が甲の表面に浮きあがっている。その青と白は日焼けの色にとけていって、硬い棒のような脚になる。
骨のかたちも筋肉のかたちもすぐに見てとれる、貧相なほど肉付きのうすい脚。
腹筋に支えられてふわりと宙に浮く神尾のいのち。
ラケットのフレームや拳で殴打した痕が、黒や紫のまだらになっている。衝動的な自傷から逃れた足首の後ろ、鋭く細い健が切れあがってその両脇にくぼみを描く。
そこの薄い皮膚は奇妙に乾き、同時に冷えていて、触れてきた伊武の指が熱く感じた。彼のなにもかもが鬱陶しいほどあたたかかった。神尾の脚は哀れなほどひえていた。
さすっても赤くなるだけのそれを抱え泣く神尾とともに、伊武も眠らず朝を迎える。
20111025
(森)
明日の僕へ。
あまり放っておくとそのうちに腐って手がつけにくくなるので、早めに始末をしておいてください。
確かに醜くはあるものだし
(どんなにきれいでも、そこには薄気味の悪い異質さを感じるというのだから人の認識は不思議です。きっと、事実のみがその異質さを醸し出せるのだと思います。もしそれと知らず、きれいなそれを見ただけですでに生物として終わっていると知れる人がいるとするならその人もまた異質なものでしょう。そして僕はそんな人間と一生関わりたくはありません)
触れ難いものであるし、個人的な感傷なども相まって目を逸らさずにはいられないほどのものだと言うことは自分がよくよく知っています。
というかそのことを知っているのは最初から僕しかいないのです。
そこらをぶらぶら歩いている、僕と似たような人間の頭を胸を腹を割ったところで、僕と同質の醜さはそこにはないでしょう。
(自分が誰よりも醜いなどといううぬぼれはありません)
つまり林檎、林檎に似ていますね。
僕がそこに転がっているということは。
あれはひとつ熟していると周りも早く熟していくでしょう。
腐っていくでしょう。
僕は腐ってしまったんです。
林檎に例えれば、ですけどね。
実際には死んでしまっています。
ということなので、早めに取り去って、そしてきちんと捨ててください。
もし周りが汚れていたらそれもきれいにしてください。
この世に僕が汚して良い場所なんてありませんから。
そして、そして、願わくば、またテニスを好きになってください。
あれは楽しいものなので。
「森っていつもそんなこと考えながら寝るの?」
「ただの冗談だよ。ただの暇つぶしだよ。目がさえてるだけだよ。普段見えない振りをしているものが見えてうざったいだけだよ。なんで本気で引いてるんだよ、やめてよ。深司なんてもっと気味の悪いこと考えてるくせに」
「俺たちには毎日死んで生まれ変わってる余裕なんかないよ。努力は積み重ねないと意味がない。俺は精神論みたいな正体のわからないものは苦手だけど、昨日よりは強くなっていないとだめなんだ」
「……努力と現実が比例していく人は幸せだ」
「森の努力が反比例しているのなんか、一度も見たことないけど」
「森、俺はおまえに嫌われていたって、平気なんだ。俺がおまえを思いやることがおまえにとってさほど影響がないのと、同じように」
二人の通話が終了した後、神尾の携帯に着信が入った。風呂を使っていてとれなかった神尾はしかしすぐにかけ直し、長い話をした。
内村の携帯は鳴らず、彼はヘッドフォンの奥から届く音に集中してギターを弾いている。
20111118
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