thirst
俺はたまに見たくなる。
おまえたちが一瞬だけさらす横顔への希求は時に俺の意識をさらに鋭くする。
薄い刃の形をしてきらめく二つの目が顔のすぐ横を通り抜けるボールに敏捷に反応し、俺からはずれていく。
俺はそれを見ている。
開放された彼らの領域につかの間目をとられ、すぐさま返球のフォームに戻る。俺は気が済むまでそれを繰り返して、試合終了の声を遠くに聞く。
俺は平静にたえられない。
誰もが腹のなかに隠している、異臭を放つ汚水の気配。
かすかに漏れでる不愉快な生臭さを、ないものとして振る舞う日常、なんて、軽薄の連続だ。
俺は嘘にもたえられない。俺が許容できる物事は、おそらくそう多くない。
おまえは笑う。おまえはつぶやく。おまえは喜ぶ。おまえは悲しむ。おまえは困る。そんなおまえたちはくさくていけない。
俺は怒りを腹の中で腐らせて、ふいに口を開いた瞬間にげろげろとやってしまわないように気をつけている。俺はおまえたちの優しさに甘えている。
憎んでいる。
おまえたちが傷をかきむしりながら求めた勝利は俺から奪えるようなものではない。
けれど敗北の文字を忌避するおまえたちはネットごしにそれらを押しやってくる。
俺の手元には負けたという冷たい汗が残り、おまえたちはただ当然のこととして勝利をすぐさま投げ捨てる。
おまえたちは俺に勝ちたいわけじゃない。ただ負けたくないだけだ。
下だと思っていたやつにとられる訳にはいかないからラケットを振る。おまえたちにとって俺に勝つことは日常茶飯事だ。
汗を緩慢に手の甲で拭い、首をゆっくりと回しながらコールを聞く姿勢から飽きを感じる。
なにをしようと変わらない結果を前にあがく俺たちを見る目は時々つぶしたくなるほど優しく無関心だ。
おまえたちの普段の顔。俺のともだちの顔。
俺はそれにたえきれなくなると思い出したようにおまえたちの顔をねらう。
おまえたちなら俺がいくら奇襲をかけたって動じない。俺はそれを信じている。おまえたちの実力、おまえたちの経験則を信じている。
俺は確認する。
おまえたちにとって、俺は負けたくない相手か。おそれずに知りたいと願っている。
俺たちに価値があるのか。真剣に向き合ってほしい。俺はいつだって知りたい。
コートの上で燃えさかるおまえたちの心がほしい。
熱いしぶきとともに沸騰する勝利への執着をともに持ちたい。
俺の手の中にころがる空白を押しつぶす質量を、焼きつくす熱量を、この手が痛んだっていいから授けてほしい。
おまえたちが当たり前にもっているものを俺も持ちたい。
なにを捧げればそれがもらえるのだろう。
ここの空気はつめたい。
俺はひとつの可能性を抱えている。誰にも言えない秘密の希望がある。
からだに吹きこむ冷えた風をはねのける、おまえたちと同じ熱を身にまとうための武器がある。
肉や骨とボールがぶつかる鈍い音が耳に届いたらそれはもう終わっている。
俺は生涯忘れないだろう。
顔をおおう指の間から俺を射る、親しい仲間の、まなざしのこと。
その瞬間に一番感じるだろう、俺の人生を焼ききる熱のこと。
俺はあんたの胸にさらさらと乾いたちりになって積もりたい。神尾や伊武、石田のそれと混じりあいたい。やわらかに抱きしめられ、それから払い落とされてもいい。あんたの手のひらを、胸を、汚したい。
俺の遺伝子や未来のながい階段、あるいは振り返った過去に魂に、くっきりと刻まれ焼きつぶすことも切りさくこともかなわない炎をあげる烙印が残されるのだとしたら、あんたがいい。
あんたが俺にさらけ出した素顔を脳裏に抱いて、あんたの傷が発する熱を身にまとう。そしておまえたちと同じ場所で同じ炎で死にたい。
俺はいつも二秒後の世界を空想しながらおまえたちの顔をねらう。
いつか身を投じるかもしれない灼熱の世界を幻視しながら、ゆっくりと凍えていく身体を引きずっている。
20111122
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